モトシクレタ日記 その2
モトシクレタ日記 【アンデス・パタゴニア原野釣行】
松本潤一郎 ニッポン釣り紀行 番外編
モトシクレタ日記
その2
SPECIAL THANKS TO YAI YAI TSUSHIN BY LODGE MONDE
西伊豆を拠点にMTBツアーやカヤックフィッシングツアーを手がけるBASE TRESの松本潤一郎氏。彼が綴る「ヤイヤイ通信」というブログを、当ジャーナルでもご紹介しています。 松本氏の魅力溢れる生き方は、その文章にも存分に現れています。今週より前後編でお届けするのは、松本氏が西伊豆移住前の最後の旅、オートバイで駆け抜けた南米大陸の旅物語になります。
オートバイで旅をすることと、交通機関、例えばバスや列車で移動していく大きな違い。バスや列車の旅は場所から場所へ、点から点への移動になったり、時間に縛られてしまうという欠点がある。もちろん、その土地のローカルの人たちと同じ空気感のなかを移動していくのも旅の醍醐味でもあるけれど、何か月も、または年単位の旅をしていると、その日常に飽き、疲れてしまって不感症になってしまうのも事実。
オートバイの旅は、点と点とを繋ぎ、線の移動になる。たくさんの線を描いていくと、それはいつしか面となって、質量の大きな経験の体積として積み上がっていく。いつでも走りはじめることができ、気になるところで立ち止まれる。いつもバスの窓から眺めていた気になる河や海、湖へ出掛けられる。
アメリカから中米を経由して南米に渡り、エクアドルでオートバイを購入すると、旅の様子が一変した。バスなどで移動するよりもコストはかかってしまうけれど、得られる経験と刺激は数倍に上がったように感じた。経験と刺激を得られる一方で、リスクも比例して上がる。
例えば、南米の一部では週末になるとゲリラが出現する土地があると聞いた。どうやら政府に反発する教員や公務員が、休日になると目出し帽を被りゲリラになるそうだ。自分たちの活動費を得るために通行する車両から通行料を徴収したり、その混乱に乗じて身包み奪っていく山賊まがいの集団もいたりと、こちらとしてもその区別はつかない。そして、もちろんどちらも武装している。
ほかに危害を加えられる系で気を付けないといけないポイントは、リマやブエノスアイレスなど大都市の貧民街。ここもすぐにナイフや銃が出てくるので、もしその通りに入った時に少しでも違和感を感じたら回れ右して引き返すこと。この「感じる力」が無い旅人は、結構やられる。しかも場合によっては色々な土地で何度も。遭遇してしまったら仕方がないので、50ドルくらい入れた財布をいつも持ち歩きさっさと渡してしまうおう。幸い、気を付けて行動をしていたのでゲリラや強盗には出会わず終いだったけれど、いつも想像力を働かせて切り抜ける力は付いたようだ。
リスクと引き換えに得られた、オートバイで南米を走れるという自由。その自由の権利を釣りに投じた話。
生まれたのは愛知県だけれど、横浜の磯子で育った。子供の頃は、いつも近くの港や三浦半島で釣りをして過ごしていた身としては、バスの窓から眺めるだけで終わるアンデスの川なんて、なんの価値もなかった。それだけでもオートバイで旅をするだけの大きな理由となる。
ボリビアの首都ラパスの狩猟用品店で、安いルアーロッドといくつかのスプーンやスピナーを手に入れた。これに、長旅になると無性に食べたくなる熊本の祖母がつくる梅干しと一緒に、日本から自分が使っていたリールを送ってもらった。これで準備は万端だ(海外の長旅になると梅干しが恋しくなり、口のなかが梅干しでいっぱいになる妄想に耽り出すと末期症状。治すには梅干しを食べるしかないのだけれど、辺境の旅ばかりをしていると手に入れる方法も無く、梅干しの代りになる食べ物はこの世に無いと思っている)。
町から町への移動の途中、気になる川を見つけると釣りをしてみた。広大なアンデスのなかで釣り場は無限にあると言ってもよく、どんなに小さな流れでも、居れば無垢なトゥルーチャ(トラウト)が飛びついてくる。その時に一緒に走っていたオートバイで旅していた仲間も、釣りがほぼはじめてだというのに、ひょいひょいと釣り上げている。そして放った言葉が、
「釣りってかんたんやん!」
そうじゃない。と思いながらも、ここアンデスではそうなのかもしれない。
金の無い旅だったため、釣ったトゥルーチャは食料にした。釣った魚をオートバイに括り付けて運ぶものだから、未舗装路を走る埃でスモークされたようになってしまうけれど、食料調達できる旅は気持ちが豊かになる。よく水辺でテントを張り、キャンプもした。バーナーでフライパンを炙り、釣ったトゥルーチャをソテーして食べ、ワインで流し込む。
ゲストハウスで沈没している時は持ち帰ってからマス寿司にもしたりもした。この時に、醤油や味噌よりも、酢やワサビを持っている者ほど皆の尊敬を集めるということがわかった(長旅バックパッカーは醤油の所持率は高い)。
世界の果ての町と呼ばれているウシュアイアの宿。上野山荘。滞在していた時にはすでにご主人の上野さんは亡くなられていたけど、奥さんとお茶を飲みながらパタゴニアに移り住んだ時の話を聞かせてもらえた。上野さんは釣りが好きなこともあり、ウシュアイアのあるフエゴ島を選んだのも理由のひとつだったそうだ。飼われている犬の名前もトゥルーチャだった。この上野山荘はいままでに滞在したことのある宿のベストのひとつ。オーナーのカルチャーが滲み出ていた。当時、将来自分が宿を運営するようになるとは思ってもみなかったけれど、目指したい宿の空気感がここにはあった。残念だけれどすでに奥さんも亡くなられ、今は、もう無い。
パタゴニアと道東、そしてここ西伊豆が自分の釣り人格のようなものをつくった場所。
その圧倒的でエピックな体験を提供するためにカヤックフィッシングのツアーをいま準備しています。
快適、安全にカヤックフィッシングを楽しんでもらうため、すべてフィンドライブの足漕ぎカヤックで揃えます。
楽しみに待っていてください。
それではまた。
(編集部注)最後のカヤックフィッシングツアーは既にサービスを開始されています。ご興味ある方は、こちらまで。
https://lodge-mondo.com
松本潤一郎(まつもと・じゅんいちろう) 株式会社BASE TRES代表。1982年、横浜市磯子区出身。17歳にてヒマラヤ・アンナプルナサーキットのトレッキングを端緒に、世界各国を旅する。24歳で南米23000㎞をオフロードバイクでまわったのち、西伊豆・松崎町に移住。山中に眠っていた古道と出会ったことで「西伊豆古道再生プロジェクト」を立ち上げる。その後、再生した古道をマウンテンバイクで走れる「YAMABUSHI TRAIL TOUR」、宿泊施設「LODGE MONDO -聞土-」など、西伊豆の観光を盛り上げる事業を次々と展開。最近はホビーカヤックを使ったカヤックフィッシングツアーを開始。自身がカヤックで日本の海辺水辺を釣りまわる「ニッポン・カヤック釣り紀行」も発表中。 松本氏の半生についてお話を聞いた、THE INTERVIEWも合わせてご覧ください。